予防接種は秋月藩から始まった
キャンペーン

キャンペーン趣旨 / キャンペーン活動
予防接種記念日 / 日本医史学会・市民公開講座 / 緒方春朔(WEBサイト) / 緒方春朔顕彰医会 / 天野甚左衛門顕彰会 / 秋月郷土館友の会 / 関係WEBサイト

キャンペーン趣旨

種痘の図(渡邊晃子制作) 私たちは、色々な予防接種をしてまいりました。例えば、ジフテリア、百日咳、ポ リオ、結核、はしか、風疹など多くの予防接種であります。
 それは、その病気に罹らないようにするためであり、また罹っても軽く済むようにするためであります。そのお陰もあって、私たちの寿命も長くなり、健やかに長生きが できるようになりました。

 ところで、江戸時代の終わりに、この予防接種に日本で初めて真剣に取り組み、それを広めていった人たちが筑前の秋月藩にいました。取り組んだ病気は、天然痘という病気で、その予防接種・種痘であります。

 今はこの「種痘」のお陰で、天然痘は全世界から絶滅させることができましたが、昔は疱瘡・痘瘡と呼ばれていた大変恐ろしい病気でした。
ある村に天然痘が発生すると、8割以上の人が天然痘にかかり、その中の3割の患者が亡くなっていくという大変恐ろしいものでした。このように天然痘が流行すると、多くの子どもたちが亡くなっていきましたから、「痘瘡にかかった子は、我が子と思うな」と言われていたくらい、恐れられていたのです。

 秋月地方でも、江戸時代末期にこの病気が大流行し、多くの幼い子供たちがたくさん亡くなっていきました。このような大変恐ろしい病気から、幼い子供たちを救うためにどうにかならないかと思案していた人たちがいて、その解決に立ち向かったのです。

 その人たちとは、秋月藩医緒方春朔、大庄屋天野甚左衛門と秋月藩主黒田長舒公であります。

 秋月藩医緒方春朔は、中国の医学書『医宗金鑑』に掲載されていた人痘種痘法を研究し、ほぼ実施のめどが立ったが、実験台に困っていたところ、上秋月の大庄屋天野甚左衛門の理解と協力を受け、彼の2児に人痘種痘の実験台になってもらいました。それは春朔が実験台になってもらうように頼んだのではなく、かねてから種痘の話しを春朔 から聞いていた天野甚左衛門が、自から進んで自分の2児を実験台に使うように春朔に申し出たのであります。術がまだ未熟で、他人様の子に施すことは出来ぬと固辞する春朔に、「種痘を試しても応ずるか応じないかの違いだけでしょう、反応すれば後々どれだけの人びとに役立つでありましょうか」としきりに実施するように固辞する春朔に奨めたと言います。
 緒方春朔は、寛政2(1790)年2月14日に、天野甚左衛門の2児に、初めて人痘種痘を実施し、2児ともに成功しました。もしこの時、天野甚左衛門の理解と協力がなければ、春朔の種痘の成功は無かったであります。

 その後、春朔は寛政2(1790)年から寛政8年までの7年間に、秋月藩の同僚の医師たちや住民の協力によって、1000人以上の子供に種痘し、誤ったものは1人も無かったと言われます。

 藩主黒田長舒公は、緒方春朔を藩医に取り立てて春朔の種痘研究を助け、成功した種痘を全国に広げるよう支援しました。

 日本の予防接種・種痘は、秋月藩で日本で初めて成功し、秋月から始まって全国に広まっていった訳です。あの有名なジェンナーの牛痘種痘発明に、先立つこと6年前のことであります。これがわが国の天然痘予防の第一歩となったのであります。ジェンナーの牛痘種痘が日本に導入されてくるまでの約60年間、我が国の天然痘予防に貢献したのであります。

 こうして恐ろしい天然痘は、緒方春朔、天野甚左衛門や黒田長舒公の功績やジェンナーをはじめ多くの世界の医学者のお陰で、予防接種により世界から消滅させることができました。約30年前の1980年にWHO(世界保健機関)は、「世界天然痘根絶」を宣言しました。

 私たちは、秋月藩医緒方春朔・大庄屋天野甚左衛門・秋月藩主黒田長舒公の3偉人による「済世利民」の大なる偉業のお陰で、毎日健やかに幸せに生きていると言っても過言ではありません。この大いなる偉業に心から感謝しなければなりません。私たちは以上のような歴史的認識を広報し、この秋月藩の3偉人を顕彰していきたいと願い「予防接種は秋月藩から始まった」キャンペーンを実施していきます。

平成26年7月1日
「予防接種は秋月藩から始まった」キャンペーン推進協議会
推進幹事団体: 緒方春朔顕彰医会 / 天野甚左衛門顕彰会 / 秋月郷土館友の会
 会 長   坂口良介
 顧 問   富田英壽
 副会長   大場恭児
 副会長   江頭安彦
 副会長   熊本正史
 事務局長  松木祥憲
 理 事   若干名
   

キャンペーン活動

  1. 「予防接種は秋月藩から始まった」をロゴ化し、広める。

    具体的には
    @地域の各広報誌に「予防接種は秋月藩から始まった」のロゴを入れてもらい、歴史認識(3偉人)を高めることに務める)
    A「予防接種は秋月藩から始まった」のカンパン・ポスター
    B各自各種の名刺にもロゴを入れる
    Cその他

  2. 緒方春朔の切手
  3. 「予防接種は秋月藩から始まった」の歴史認識(秋月藩の3偉人)の理解を深める

    具体的には、
    @「予防接種記念日」を制定する
    A「予防接種記念日」切手を作成
    Bホームページ開設
    C「予防接種記念日」に講演会等のイベント
    D出版物の発行
    Eその他

矢印

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「予防接種記念日」を制定した

 寛政2(1790)年2月14日に、秋月藩で成功した人痘種痘は、日本の予防接種の始まりで、その後全国に広まって天然痘予防に貢献する。有名なジェンナーの牛痘種痘発明に先立つこと6年前のことである。 記念日登録証 医師は秋月藩医緒方春朔、幼児2人を実験台に提供した親は、春朔を支えた上秋月の大庄屋天野甚左衛門。 藩主黒田長舒公は、緒方春朔を藩医に取り立て春朔の種痘研究を助け、成功した種痘を全国に広げるよう支援した。この秋月藩の天然痘予防に尽力した3偉人を顕彰し、2月14日を「予防接種記念日」とする。

  • 登録記念日名:予防接種記念日
  • 記念日の日付:2月14日
  • 制定年月日:2014年7月3日
  • 制定者名:「予防接種は秋月藩から始まった」キャンペーン推進協議会
  • 認定者:社団法人 日本記念日協会
  • 認定日:2014年7月3日
予防接種記念日登録証

新刊本「予防接種は秋月藩から始まった」の紹介

【推薦の言葉】

秋月黒田家十四代当主
黒田長榮

 富田英壽氏は、二〇〇五年に『種痘の祖・緒方春朔』を発刊され、また雑誌、講演会などで緒方春朔の偉業について紹介しておられます。  今回の出版は、地元の推進団体の要望もあり「予防接種は、秋月藩から始まった」と題し、二〇一五年二月十四日の予防接種記念日に併せて出版されることになりました。  近年は医学、化学等の進歩により流行病は減ってきましたが、 二〇一四年「エボラ出血熱」「デング熱」が未だ世界中の話題になっています。 また、二〇一四年の物理学部門のノーベル賞が日本 人の学者に決まりましたが、何時の時代でも、素晴らしい研究 の成果には必ず支援の方々の協力があります。  緒方春朔の種痘の成功にしても、大庄屋天野甚左衛門の協力と秋月藩主黒田長舒公の支援があって実現したと富田氏は詳しく書かれておられます。  私事ですが、私は秋月黒田家の十四代ですので、ご先祖の功績について深く敬意を払い、又誇りに思っています。  この本は前回の単行本より広く当時の様子について書かれていますので、地元の秋月の方々のみならず、一般の多くの人に読まれることを希望します。


西日本新聞エリアセンター甘木にお電話注文いただくと
朝倉地区内の方にはお近くのエリアセンターよりご自宅へ
お届けします。

西日本新聞エリアセンター甘木 電話 0946-22-2185

詳しくは広告「予防接種は秋月藩から始まった」をご覧ください。

「日本医史学会総会・市民公開講座」

第115回日本医史学会総会・学術大会が、平成26年5月31日〜6月1日の2日間、九州国立博物館ミュージアムホールで開催された。第2日目に、15:15〜16:45までの90分間の市民公開講座『予防接種の日本の始まりは「iェの秋月」にあり―秋月藩医緒方春朔の人痘法』が開かれた。

第1部 『天然痘予防と緒方春朔』(40分)
  演者 富田英壽(朝倉市)(医)富田耳鼻咽喉科医院理事長


第2部『ジェンナー牛痘種痘法から天然痘撲滅まで』(40分)
  演者 木村專太郎(iェ市)(医)木村專太郎クリニック理事長


司会 中山茂春 久留米大学医学部非常勤講師(医史学)・みなかぜ病院院長


聴講者に「予防接種は秋月藩から始まった」ことが詳しく説明があり、秋月藩の3偉人の歴史的偉業について参加者の多くに感銘を与え、「予防接種は秋月藩から始まった」がよく認識された市民公開講座であった。

公開講座プログラム表紙 公開講座チラシ 公開講座感謝状

公開講座プログラム(PDF) / 公開講座チラシ(PDF) / 公開講座感謝状(PDF) / 予防接種は秋月黒田藩から始まった(PDF)

種痘の祖・緒方春朔(Webサイト)
緒方春朔
 わが国種痘の始祖、緒方春朔の生い立ちから、著書『種痘必順辨』の考察、また春朔が願った医療とは何かなどを詳しく解説。
サイトには秋月城址周辺の散歩コースが掲載され、春朔顕彰碑や春朔屋敷跡、春朔の墓なども地図入りで紹介。

緒方春朔顕彰医会(2015.4.14発足)【前身の『春朔会』は1973.7発足】


会 長 富田英壽 富田耳鼻咽喉科医院
顧 問 手島 仁 手島眼科医院
顧 問 熊本熙史 くまもと内科医院
副会長 熊本正史 くまもと内科医院
副会長 富田和英 富田耳鼻咽喉科医院
専務理事 手島靖夫 手島眼科医院
理 事 鴛渕雅男 朝倉健生病院
理 事 山部仁子 武井医院
会 員 坂田 高 坂田医院
会 員 杉山正治 杉山診療所
会 員 森山敦夫 森山内科医院

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天野甚左衛門顕彰会

・趣旨
緒方春朔種痘成功200年記念顕彰碑  寛政2(1790)年、秋月藩医 緒方春朔は日本で初めて種痘を成功させました。
これは、我が国における天然痘撲滅の第一歩であり、治療から予防へと日本の医療が新たな領域へと踏み出した歴史的契機と伝えるでしょう。春朔のこの偉業は、これまで朝倉医師会による顕彰活動の他、医療関係を始めとする各種出版物などでも紹介されてきました。

 しかし、種痘の成功は彼のみの力で成しえたものではありません。その裏に、天野甚左衛門という人物が重要な役割を果たしていたのです。当時、多くの子供たちの命を奪ってきた伝染病である天然痘に対する恐れから、種痘に対する恐怖・偏見もまた取り除きがたいものでした。そのような中、春朔の研究を支え、彼が考案した人痘種痘法を信頼し、最初に我が子への種痘を申し出たのが、上秋月の大庄屋であった天野甚左衛門なのです。緒方春朔への評価が高まる一方で、郷土の人でさえよく知らないというように、甚左衛門の功績については正当な評価を得ているとは云い難い状況といえます。

 このためこの会では、種痘の成功に不可欠な役割を担った天野甚左衛門に光を当て、郷土を代表する一人物として、後世に語り伝えるべく、その功績を顕彰することを目的としています。

 つきましては、本会設立の趣旨にご賛同いただき、併せて今後取り組んでまいります顕彰活動に対し、皆様方のご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます。

・事業実施
【平成24年度】

  1. 天野甚左衛門に関する調査・研究

    • 天野家に関する資料の所在確認・収集
    • 天野家資料、郷土館資料など、関連資料の捜索を行う。
       
  2. 天野甚左衛門の啓発活動

    • 天野甚左衛門顕彰碑、設置箇所の選定
      天野家墓地・天野家屋敷跡など、設置箇所の諸条件を把握し、具体的な設置箇所を特定する
    • 天野甚左衛門に関する印刷物発行
      会報誌「甚左衛門通信第1号・第2号」を発行する。
      「甚左衛門通信第1号」(PDF) / 「甚左衛門通信第2号」(PDF)

      啓発用パンフレットを作成し、講演会等の機会を通じて配布する。
      「天野甚左衛門パンフレット」(PDF)
    • 天野甚左衛門顕彰講演会の実施
      5月27日 第1回定例会に合せた記念講演会、及び天野家墓地などの現地視察を実施する
      11月22日シンポジウム「郷土の偉人・緒方春朔と天野甚左衛門に学ぶ」を開催  

【平成25年度】

  1. 天野甚左衛門に関する調査・研究

    • 天野家に関する資料の所在確認・収集

  2. 天野甚左衛門の啓発活動

【平成26年度】計画

  1. 天野甚左衛門に関する調査・研究

    • 天野家に関する資料の所在確認・収集
    • 天野甚左衛門顕彰会紀要の発刊

  2. 天野甚左衛門の啓発活動

    • 会報誌「甚左衛門通信第5・6号」を発行する
    • 天野甚左衛門顕彰碑の建立
天野甚左衛門顕彰碑 除幕式 2015年2月14日・・・・天野甚左衛門顕彰碑建立実行委員会
天野甚左衛門顕彰碑 除幕式

   式次第

  1. 開式のことば
  2. 天野甚左衛門顕彰会 会長あいさつ
  3. 除幕
  4. 入魂の儀
  5. 顕彰碑建立実行委員会 実行委員長あいさつ
  6. 「予防接種は秋月藩から始まった」キャンペーン紹介と認定書贈呈
  7. 来賓祝辞
  8. 閉式のことば
  9. 演武 秋月藩林流抱え大筒保存会

顕彰碑 碑文
寛政二年(一七九〇)二月十四日、予防接種が我が国で初めて成功しました。
秋月藩医緒方春朔が、上秋月大庄屋天野甚左衛門の幼子二人に種痘を行ったのです。
疱瘡(天然痘)に対する予防法とはいえ、死の危険もある種痘は、それまで誰も普及させられませんでした。
藩主黒田長舒は春朔を藩医に登用して研究を助け、甚左衛門は未知の医療に我が子を捧げ、春朔はそれに応えました。
この三人の勇気ある行動が人々の恐怖を和らげ、種痘は全国へと広がります。
後にジェンナーの牛痘法が驚異的な速さで日本国内に浸透したのは、まさにこの三人の功績です。

平成二十七年二月十四日
撰文 隈部敏明
揮毫 中村昭道

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・天野甚左衛門顕彰会(平成24年4月6日発足)

【役員】(平成26年6月19日現在)

会 長 坂口良介 朝倉市秋月676
副会長 大場恭児 朝倉市上秋月1580
副会長 江頭安彦 朝倉市秋月611
事務局長 松木祥憲 朝倉市秋月野鳥111−1
理 事 富田英壽 朝倉市甘木1971−2
理 事 加峰 満 朝倉市秋月24−2
理 事 隈部敏明 朝倉市堤1004−1
相談役 杉 東明 筑紫野市二日市中央1-3-1
監 事 井上忠之 朝倉市長谷山629
監 事 内田康徳 朝倉市上秋月1974―2

秋月郷土館友の会

役員名簿(平成26年7月11日現在)

 名誉顧問 黒田 長幹 (東京)
 名誉顧問 土岐 政嗣 (神奈川)
 会長 江頭 安彦(秋月)
 副会長 尾石 弘子(秋月)
 副会長 稲葉 明代(甘木)
 理事 松木 祥憲(秋月)
 理事 加峰 滿(秋月)
 理事 川上 憲司(秋月)
 理事 白木 房代(秋月)
 理事 太田 利博(秋月)
 理事 松木 宏隆(秋月)
 理事 太田 浩二(上秋月)
 理事 内田 俊和(上秋月)
 理事 武井 善昭(安川)
 理事 坂井 圭子(甘木)
 理事 高木 吉広(福岡)
 理事 吉田 長利(福岡)
 監事 井上 毅(安川)
 監事 泉 吉政(甘木)
 顧問 富田 英壽(甘木)
 顧問 多田 悦子(秋月)
 顧問 坂口 良介(秋月)
 事務局 秋月郷土館(秋月)
 事務局員 松木 希恵(秋月)

関係WEBサイト

朝倉医師会(Webサイトへ)
秋月郷土館(Webサイトへ)
甘木歴史資料館(Webサイトへ)

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平成26年7月1日

「予防接種は秋月藩から始まった」キャンペーン推進協議会

推進幹事団体: 緒方春朔顕彰医会 / 天野甚左衛門顕彰会 / 秋月郷土館友の会