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秋月城趾顕彰碑
長屋門の写真
 秋月博物館からしばらく歩きますと左手に城壁(石積み)が見えてきました。ちょっと信じられないかもしれませんが、この城壁の上には秋月中学校が建てられていました。近年に建てられた校舎のようで、景観を考慮したのか、昔懐かしい外観をしていました。(近くを通られる時は生徒さんの邪魔にならないよう注意してください。)

秋月城の跡は現在中学校となっていましたが、お堀と石積みはそのまま残されており、当時を忍ぶことができます。
 お堀と石積みを見ながら進みますと、左手石段の上に秋月五万石時代の勝手門であった「長屋門」が見えてきました。

町並み保存への取り組み
 この秋月地区に点在する歴史的に重要と思われる建築物を保存(所有者の同意を得て)し、新しく建築する場合もその外観は秋月の町並みに調和するよう努力しようとする動きは1978年に秋月振興会によって始まり、九州芸術工科大学の協力を得て秋月の町並み保存運動に取り組むことになりました。 秋月中学の改築に際しても、町並みとの調和を図る意味で木造の校舎を採用しました。
参考文献 甘木歴史資料館だより第25号町並み保存の現在と秋月(宮本雅明)


◆黒門◆
 「長屋門」を通り過ぎたあたりの左手の急な石段を昇って行きますと、重厚な構えの「黒門」があります。  この「黒門」は秋月城の大手門であったのを現在の場所に移築したそうですが、はるか昔には古処山城の搦手門であったとも伝えられています。
 門の奥には秋月黒田藩の祖、黒田長興を祀る垂裕神社があり、周りには楓が生い茂り、秋には紅葉が素晴らしいそうです。

黒門の写真
垂裕神社の鳥居付近の写真
秋月のシンボル「黒門」
 この門は、県の文化財に指定されています。この左横に側室が住んだと言われる屋敷があったそうで野の通用門 「内馬場御裏御門」今でいう「長屋門」がこれで、こちらも県の文化財に指定されています。
参考文献 秋月観光協会事務所発行パンフレット


◆緒方春朔顕彰碑◆
顕彰碑と案内説明板の写真
「黒門」の左手奥にへ進みますと、桜などの木立の中にひっそりと「緒方春朔顕彰碑」が立っていました。昭和2年(1927年)に、朝倉郡医師会(現甘木朝倉医師会)が春朔の偉業を称えて建立した顕彰碑です。
 傍らには、春朔の偉業を称えた立て札が立てられていて「ジェンナーの牛痘種痘法より6年前に人痘種痘法を成功させた」とあり、九州の山あいの静かな城下町において、先進的な研究が行われていたことに非常に感銘を受けました。
 「黒門」付近には、陶器で製作された案内板やベンチもあり、ゆっくりくつろぐことができます。
緒方春朔顕彰碑
 垂裕神社の境内にあるこの記念碑は、昭和2年に建立されましたが、平成2年の種痘成功200年記念事業の一環として補修整備を行い、新たに案内説明板を設置しています。

顕彰碑の写真
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