ホームへ
  緒方春朔 −わが国種痘の始祖−  
偉業を讃える
 
緒方春朔の史跡を訪ねて
 
緒方春朔史談
  
資料を探す
 
天然痘関係歴史略年表

 

作者紹介
 
サイトマップ
史跡探訪ドライブコース

 春爛漫の頃、緒方春朔の史跡を訪ねて甘木へやって来ました。
甘木市内から国道322号線を北へ向かいますと、次第にのどかな風景に変わってきます。
 菜の花が咲き乱れる小石原川に添って秋月へ入ろうとしましたら、丁度お花見のシーズン真っ盛り。メインストリートへ続く道は、駐車を待つ車で長蛇の列でした。

秋月の入口付近の写真
秋月への入り口付近(上)
野鳥川の河原には菜の花が、桜の花と競うように咲いていました。
 私達が訪れたのは平日でしたが、祝・祭日には駐車できないほどのにぎわいだそうです。
 秋月の入り口近くで、出迎えるのがこの「目鏡橋」。(写真下)この橋は今も生活道路として利用され、車での通行もできるようで、桜と菜の花に囲まれた目鏡橋は絶好の撮影ポイントでした。

目鏡橋目鏡橋の写真


【駐車場・没後200年記念碑】
  駐車料金はどの場所も時間制限なしの300円。ゆっくり見物できて安心ですね。町営駐車場(170台収容)や民営(合計300台収容)があり、料金も同じだそうです。
杉の馬場の写真
 杉の馬場の入り口付近には「秋月観光協会観光案内所」があります。ここでガイドマップを入手することができます。他県から訪れた場合は特に、地図を片手に探索した方が道に迷う心配もなく散歩を楽しめると思います。少し離れた所にある「秋月公民館 平陽館」でも手に入れることができます。

 町営駐車場から秋月のメインストリートともいうべき道を上って行きますと、右手に秋月城祉へ続く長さ500mほどの桜のトンネル、「杉の馬場」が伸びています。

 その昔、両脇には武家屋敷が並んでいたそうで、武士達がその道を通って秋月城へ登城したり、馬術の稽古などをしていたのでしょう。時代のロマンを感じさせますね。

没後200年記念碑  ところで、なぜ桜が植えてありますのに、「杉の馬場」と呼ばれているのか不思議に思いませんか?ここは当時、杉の並木道だったので「杉の馬場」と呼ばれたそうですが、明治38年(1905年)に日露戦争戦勝記念に桜が植えられ、現在はお花見の名所となっているとのことです。

 街道のポイントごとに、陶器作りの案内版が立っていました。
2010年10月追記
 杉ノ馬場入り口の右側に甘木朝倉法人会と朝倉医師会による企画事業で没後200年記念碑が建立されました。 除幕式は2010年10月24日。(記念式典は秋月公民館)
碑文には緒方春朔の不滅の業績を讃えてあります。《碑文の写真》

春は桜、秋は燃えるような紅葉を背景、ぜひご覧下さい。              

矢印 目鏡橋 1810年竣工(県指定文化財)
 当時長崎警護の任を秋月藩が勤めていた縁で長崎の石工を招き野鳥川に架橋工事を行いました。完成後橋は「長崎橋」と呼ばれていましたが、いつの頃からか目鏡橋となり現在に至るまで地元の人々や観光客に親しまれてきました。日本国中には、かなりの数の石橋が存在しますが、ここの石橋は花嵐岩で出来ている数少ないものとか。

参考文献 甘木歴史資料館だより第25号黒田氏と秋月(篠原浩之)
矢印

次は秋月郷土館へ

戻る
上へ